更新は終了しました.
タグ
(18)
(16)
(16)
(10)
(5)
(4)
(2)
(1)
カテゴリ
全体
Discovery Kanazawa
標柱巡り
金沢方言
金沢検定
食べもんや
裏「つぶやき」
以前の記事
2007年 03月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:標柱巡り( 15 )
標柱巡り15(旧柿木町【かきのきまち】). (08/26/2006)
b0020644_1949418.jpg びっくり近所—

 別件で扇町から天神町のあたりを原付で走ってたら,偶然発見しました.近所で,ぜったいもうないと思ってたのに,あるもんなんですね.もちろん新しくできたものではありません,平成5年とありました.

 あのうつのみやがある柿木畠とはちがいますよ.でも,あの柿木畠と同じ理由で各地に柿の木が植えられたようで,ここもそのひとつ.じゃあなんで他のところは柿木町にならないんだ,なんでここが柿木町になったんだ,って思いますが,まあそんなもんでしょう.火除町もそこに火除地があったからその名がついたんですが,各地に火除地はあって,じゃあなんでそこが火除町なんだ,って話になります.まあ有名な火除地だったのかもね.あるいは火除地以外にこれといって特徴がなかったとか.

 あらためて撮った写真見たら,なんだか殺風景ですね.カーブミラーの塗装がはげてたり,右下になんか赤いのあったり.
[PR]
by gesetz11 | 2006-08-26 19:49 | 標柱巡り
標柱巡り14(旧九人橋下通【くにんばししたどおり】). (06/10/2006)
b0020644_1520569.jpg 橋のない道—

 旧九人橋下通.10人並んで渡ると,影が9つしか見えないことからつけられた橋.その橋のふもとの通り.

 でもこの標柱は駐車場の中にあって,周りには橋なんてありません.まあ堀があったあたりだってことはよくわかるんですが.ちなみにここもちゃんとこの名前の町内会があって,ゴミ集積場なんかにその名前が刻まれています.

 この写真は写りが悪いです.なぜならケータイカメラで撮ったから.なぜならカメラをもっていったけど撮る段になってメディアが入ってないことがわかったから.標柱写真をこんな画質でとどめておくわけにはいかないので,また後日撮りにいきたいと思います.
[PR]
by gesetz11 | 2006-06-10 23:52 | 標柱巡り
標柱巡り13(旧胡桃町【くるみちょう】). (10/02/2005)
b0020644_1343794.jpg このまま続けると,あと1ヶ月半金沢検定しかしないのかと思われそうですが,Akatsuki Walkerもやりますよー.と言っても,例によって標柱です.というか,他のも書くネタはあるんですが,写真がなくって手をこまねいている(?)んですよね.というのも,どうも写真を撮るのに構えてしまうんですよ.本当は料理の写真も撮りたいんですけど,それってかなり店主の心証を悪くするんでは,って思うわけです.でも店の外観の写真すらないとぜんぜん紹介になってないような気がするし・・・.ということで,標柱が一番書きやすい題材であるわけです.

 裏事情はいい加減にやめておいて,胡桃町です.この標柱はおそらく最も観光客の数が多いであろう交差点,兼六園下にあります.金沢らーめんの前にあります.くるみ橋からきている地名だそうですが,このあたりに橋ってあったっけ・・・?東外惣構堀に架かる橋だそうなので,まあそのへんにあるだろうことは分かります,というか納得いきます.

 金沢は用水とか堀とか,ちまちました川が多いなーって思います.それで,ちっちゃい橋がすごく多いです.109の裏手から長町の方にわたって,いかにもな橋の風景が見られます.橋場のT路路は一部橋になっているのですが,それに気づいたのはごく最近のことです.橋の写真というのも風情があってよさそうですね.
[PR]
by gesetz11 | 2005-10-02 01:39 | 標柱巡り
標柱巡り12(六斗の廣見【ろくとのひろみ】). (09/08/2005)
b0020644_10172466.jpg 寺町の入り組んだところに,急に妙に開けた場所が出現します.そこあるのが「六斗の廣見」.そもそも「広見」というのは,火事の際の延焼を防ぐための町づくりだそうで,なんというか,広場というよりもただ広い道路のようなスペースがぽん,とあるわけです.その写真も撮ればよかった.

 実はうちの近所,東京ストアー横山店の前もカマボコ状にだだっ広いスペースがありまして,道路なんですけど,なんでここだけこんなに広くなっているんだろう,と来た当時疑問に思っていましたが,謎が解けました.

 金沢にはいくつも広見があるそうで,いつか探しにいきたいです.またやりたいことがひとつ増えた.
[PR]
by gesetz11 | 2005-09-08 10:19 | 標柱巡り
標柱巡り11(有松町【ありまつまち】). (08/29/2005)
b0020644_18333718.jpg チャンピョンカレーに行ったついでに,犀川以南にある標柱を全部撮ってきました.25本.ところが2本見つからず,1本撮りこぼしてしまいました.ということで本当は犀川以南に28本あることになります.220のうち28ですから,そうとう割合としては少ないです.

 さて,町名シリーズでは最南端にある標柱がこの有松町ですが,なんか標柱が違います.本当にこれか?と迷いましたが,ちゃんと紀要に書いてありますので,例の事業で立てられた公式の標柱です.でも規格が明らかに違うよなあ.古くて,このあとデザインが変わった,というわけでもなく,これよりも設置年が古いものがこれより新しいものと同じだったり.要するにこれだけ違う.まああまり気にしていませんが,今後これと同じタイプの標柱が出てきたら,注目です.

 この有松のあたりは普段行く用事はまったくありません.
[PR]
by gesetz11 | 2005-08-29 18:41 | 標柱巡り
標柱巡り10(旧大工町【だいくまち】). (08/24/2005)
b0020644_117125.jpg お気づきの方もいらっしゃるでしょうが,最近は「記事+標柱」のセットで更新しています.それで,掲載する標柱を,なるべく直前の記事に関係あるものにしています.

 ・・・ですので,本当は今回は「片町」の標柱を載せたかったのですが,標柱が見つけられなくて載せられませんでしたので,代わりに近くにある大工町です.調べると,「片町」の標柱はラブロ片町の前にあるようです.えー?あんな目立つところにあるの?気がつきませんでした.「大工町」の標柱は片町のスクランブル交差点を香林坊側から来て左折して,ちょっといったとこの左側にあります.もうちょっと進むと竪町ストリートの出口と合流します.

 先日手に入れました『金沢市歴史のまちしるべ案内』を見ると,標柱の横にある町名の由来なんかも分かるので,やるきがけっこう失せますが,この冊子には写真がありませんので,やってる意義はあるかな,と思っています.標柱を求めること自体個人的に楽しいですし,オリエンテーリングみたいで(?).

 大工町についてのコメントとしては,このあたりに大工が住んでいたので大工町です,概略を言えば.
[PR]
by gesetz11 | 2005-08-24 11:13 | 標柱巡り
標柱巡り9(旧木ノ新保【きのしんぼ】). (08/22/2005)
b0020644_16434884.jpg JR金沢駅東口前の交差点にある標柱が木ノ新保.JRで金沢に来て,一番最初に出会う標柱がこれです.うしろに偶然写ったのは金沢ふらっとバスの(たぶん)此花ルートです.

 さて,丁度今日,『金沢市文化財紀要一八九 金沢市歴史のまちしるべ案内』なる冊子を手に入れました,市役所に行って買ってきたんです.それによると,いままで石柱と呼んでいたものは正しくは「歴史のまちしるべ」(通称「標柱」)というのだそうで,昭和54年,市制90周年事業として始めた「金沢市歴史のまちしるべ標示事業」(現在も継続中)によって立てられてきたもののようです.

 背景を簡単に書きますと,もともと金沢には500余りの町名があったそうですが,昭和38年の住居表示制度の施行によってその多くがなくなってしまったそうです.その後,町名はこのままでは忘れ去られる保存すべき文化だということで,この事業が始まったそうです.基本的に,歴史的に価値がある町名(町名の価値に貴賤があるのでしょうか?)で,由来がはっきり分かっているものから順次立てるということで立てられてきました.また,多くの町内会が旧の町の区分けになっていて,旧町名が町内会の名前になっていることも(うちは火除町町内会です),こうした事業が興った背景になっていることでしょう.

 それで,以前も書きましたが,この事業と,時代背景などが相俟って,いくつかの町名は正式に復活しました.その第1号が「主計町」で(これは全国でも第1号),そのあと「飛梅町」,「下石引町」,「柿木畠」,「木倉町」,「六枚町」と続いています.大分法律も緩和されたようで,自治体の裁量で条例を作って比較的容易に旧町名を復活させられるようになりました.ただ,当該町の多くの住人が外からの移住者だと,ただ住所変更が煩わしくなるだけというケースも当然ありましょうから,そうどこもかしこも復活する,ということはないでしょう.ただ,旧の町で町内会をやっているところはだいたい復活させたいのではないでしょうか.

 さて,それで,この26年間で何本の標柱が立てられたのでしょうか?町名が500余りという時点で多少「えっ,もしや」という気持ちはありました.標柱を撮り始めたころ,だいたい80本ぐらいかな,と思っていましたが,なんとその数220本です(2005年4月現在).桁が違ってました.まだ4分の1しか撮ってない.道はまだまだです.でも楽しいんですけどね.
[PR]
by gesetz11 | 2005-08-22 16:49 | 標柱巡り
標柱巡り8(木曽坂【きそざか】). (08/20/2005)
b0020644_15531756.jpg 今日,また石柱写真を撮りにいってきました.今回は12本,全部で45本になりました.そろそろ,全部でいくつあるのか,誰か教えてほしいです.見たことは覚えているけどどこで見たのかわからないものが何本かありますし.

 今日は主に兼六園の東,まあうちの近所を中心に回りました.これがまた,坂ばっかのダイナミックな地形でして,ぐにゃぐにゃだし,細いし,傾斜度がきついし.そもそもこの先階段しかありませんとかいう看板も出てたり,車で行くところではありません.でも,その多様さが面白かったです.この木曽坂も典型的な場所でして,いろんな坂に名前がついています.んで,石柱がある坂もあります.これは町名ではなくって坂の石柱なんですね,たまにはこんな石柱もあります.
[PR]
by gesetz11 | 2005-08-20 15:58 | 標柱巡り
標柱巡り7(旧木町【きまち】). (08/19/2005)
b0020644_036247.jpg ひがし茶屋街にはいくつか石柱が期待できるな,と思っていたのですが,この木町しか見つかりませんでした.ちゃんと探せば見つかったのかもしれませんが.

 この石柱はとある(というか名前を失念)寺院の前にあったものです.石柱の2大主流は大通り型と生活道路型で,旧火除町や賢坂辻が前者,旧備中町(かなり難易度が高いので第20回ぐらいに登場しそう)やこの木町が後者にあたります.生活道路型はなんといっても予測不可能で唐突にあらわれ,それでいてなにかフレンドリーな態度を示す特徴があります.

 ちなみに,この石柱はけっこう新しいのでしょうね,能書きの文字がまだ白く,写真でもちゃんと読めます.能書きはこんな感じに書いてあるんですよ,という見本にもなりますね.
[PR]
by gesetz11 | 2005-08-19 00:42 | 標柱巡り
標柱巡り6(賢坂辻【けんさかつじ】). (08/17/2005)
b0020644_15115128.jpg アップが,「何か+石柱」って感じで定着しそうです.だから,いつも一番上は石柱.でもよくみりゃ掘ってある内容が違う.

 というわけで,兼六大通りシリーズ,賢坂辻です.ここは文字通り結構急な坂なんですけど,同時に結構なカーブを描いてて,しかも十字路なんです.絶対に藩のいやがらせとしか思えない交差点で,いちど事故も見かけました.

 ついでにいうと,この交差点,大通りじゃない方の道路が狭すぎて,信号の手前50mほどに停止線があるんです.はじめてみると,なんでこの車ここに止まってるんだろうとか思ったり,あと外から来た人が交差点の手前で信号待ちしちゃって迷惑がられたりするスポットでもあるわけです.ちなみにこの辻にある中華料理店が結構評判なのですが,駐車場がないためによく近くの北國銀行の駐車場が使われたりするようです.こういう風景って,ユルいよなあ,って思います.
[PR]
by gesetz11 | 2005-08-17 15:11 | 標柱巡り
Copyright (c) 2007 Akatsuki Walker Publishing, Inc. All Rights Reserved.